松帆銅鐸 紀元前に埋没 科学的に年代裏付け

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以前ブログでも記事にしました。淡路島で出土した松帆銅鐸が、科学分析によって紀元前に埋められたことが分かりました。

凄いですよね、淡路島で紀元前ですよ。

地元淡路島で歴史的発見になりました。

そういえば、出雲と交流もあったそうですから、橋もなかったその当時、わざわざ海を渡ってくるほどの重要拠点だったということでしょうか?

以下引用神戸新聞

兵庫県南あわじ市で一昨年春に出土した松帆銅鐸(7個、弥生時代前期末~中期前半)が、紀元前4~前2世紀に埋められたとみられることが科学分析で分かり、同市教育委員会が6日発表した。銅鐸の埋納年代が、科学的に裏付けられたのは初めて。これまでは弥生後期末(2世紀)に一斉に埋めたとする説や、中期末~後期初め(1世紀初頭)にもあったとする説が有力だったが、紀元前にさかのぼる初めての例で「考古学史上、画期的な成果」と注目が集まる。

松帆銅鐸は、過去4番目に個数が多い埋納例。3組6個は、大きい銅鐸の内側に小さい銅鐸をはめ込んだ異例の「入れ子状態」だった。内側の銅鐸に詰まっていた砂を除去したところ植物の混入が確認され、放射性炭素年代測定法による科学分析が可能になった。

分析サンプルは計8点。4号銅鐸とそれに伴う舌(振り子)から採取した5点のうち、4点が紀元前4世紀中頃~前2世紀中頃の結果を示した。それ以外のサンプルは紀元前22~前8世紀と大きなずれを示し、信頼性に欠けるという。

植物はイネ科の茎やススキ属の葉、種類不明の樹皮などだった。砂とともに混入したとみられることなどから、分析年代は埋納時期を示すと考えられる。

「銅鐸が早い段階にまとめて埋められたのは、淡路が特別な場所だったことを裏付けるのではないか」と兵庫県教委の山下史朗文化財課長は推測する。

松帆銅鐸調査研究委員会委員の森岡秀人・関西大大学院非常勤講師は、発見当初から最古の埋納例となる可能性を提示しており「想定した紀元前の年代値発表に驚いた。埋納は何段階もあり、弥生中期中頃と考えてよいのでは」との見解を述べた。委員長の和田晴吾・兵庫県立考古博物館長は「埋納年代がより古くなったことで、製作年代に近づいた」と評価した。

【放射性炭素年代測定法】動植物が内部に取り込んだ放射性炭素C14が死後、次第に減少することを利用した年代測定方法。出土した木炭や骨、貝殻などのC14の量を計測する。

【松帆銅鐸】2015年4月に南あわじ市松帆地区から採取したとみられる砂を工場で処理中、7個が見つかった。音を鳴らす棒「舌」がすべてに伴うのは異例。ひもの一部も残存し、木などにつるしての使用を初めて裏付けた。

 

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