いじめ問題について考えるつぶやき

最近メディアでもよく取り上げられている

いじめ問題

何かといえば、いじめるほうが悪い

確かにいじめるほうが、悪いだろう

だが、そうなんだろうかと最近感じ始めた?

自分も子供のころは、よくいじめられていた

いじめられていた??

いじめられていたとなぜ感じたのか?

いじめられていた本人の定義に問題は?

ある人があだ名をつけられたそうだ

とらえ方によっては、あだ名=「いじめ」と、とらえるものもいるが、

どうだろう あだ名=「セカンドネーム」と、とらえた子供もいたそうだ。

あるご家庭でのお話である「ねえ、ねえ。聞いてお母さん、私セカンドネームができたんだよ」って喜んだ子供の話を聞いた。

そう、その子供のいじめの線引きによっては、いじめじゃないかもしれない

何が言いたいって?

そう、本人の定義によって、いじめが成り立ってるってこと

すべてがそうだとは言えないが、、、

日本の教育は長所を伸ばし、短所をなくそうと教えるが、

それでいいのか?

長所も、短所も全てが自分だとおもわないか?

全てを認めることが大事ではないか?

自分の子供のことを、お友達の親に聞くと

わが子は、凄くしっかりとして、誰にでも優しいそうだ

外ではいい顔をしてる我が子も

家に帰ると、だらしない

そう、どちらも自分の子供なんだ

いいところもあれば、悪いところもある

自分とは、自らを分けると書く

日本語はうまくできてると感じる

長所も短所すべて受け入れよう

そう考えると、少し肩が軽くなった気がした

肩肘立てずに、角をおとせば

世の中少しは、過ごしやすくならないだろうか?

いじめも、無くなる気がするのだが、、

ただの独り言のような記事お付き合いしていただきありがとうございます。

最近のいじめは、SNSで、陰口のように拡散されてるようだが、

誰しも陰口を言ってストレス発散もしてる

SNSで拡散=人気があると、(無視されていない)考えれないだろうか?

追記

淡路島洲本市での女子高生殺人で一言

ここまでに、至るまでに、SOSのサインを出していたのを

家庭、学校、周りが見落としていたのでは?

どんな些細なことでも、話ができる家庭でありたいと

そんな家庭なら、サインを見過ごさなかったのではないだろうか?

自分は、何でも話せるような家庭環境を子供に作ってあげようと思う。

 

 

 

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